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日本弁護士連合会(日弁連)が,平成28年11月に新しい方式による養育費・婚姻費用算定表を提言しました。
日弁連では,令和元年12月に改定される前に裁判所で使われていた養育費算定方式(双方の総収入について,標準化した公租公課・職業費・特別経費を控除して,各基礎収入を算出し,その合計額について,指数化した生活費指数を用いて按分する考え方)を用いる場合に,子どもの福祉の視点を踏まえ,少なくとも公租公課を可能な限り実額認定し,その他,個別・具体的事情に応じ特別経費を控除しないなどの修正を加えて算定すべきであるとの意見を出していました。
裁判所の養育費算定表では,実際の給料収入(総収入)から,税金・社会保険料・仕事をしていると必要となる費用(職業費)など「経費」を差し引いて,実際に手元に残るイメージのお金を「基礎収入」として割り出し,これに基づいて養育費の金額の相場を出しています。
しかし,この計算方式では,「基礎収入」が低くなってしまい,結果として,養育費の金額が低くなってしまうという問題意識がありました。
一方で,養育費算定表がない頃には,その相場が簡易に分からないために,個別の事案に応じて調査官が養育費の金額を計算するなどして,紛争が長期化していたのですが(私もその頃,実際に計算に時間がかかっていた,という体験があります),養育費算定表が考案されたことによって,養育費の金額による争いが緩和し,離婚手続きが離婚紛争の早期解決に役立っています。そのため,現行の算定表自体を一切使わない,としてしまうことは離婚紛争を再び複雑・長期化する可能性があるので,デメリットもとても多く,難しいことでした。
そのために,子どもの福祉をより重視しつつ,簡易に使えるというメリットを生かすために作成されたのが,日弁連の「新養育費算定表」です。
養育費・婚姻費用の新しい簡易算定方式(以下「新算定方式」といいます。)と,これに基づく1から39までの簡易算定表(以下「新算定表」といいます。)が,裁判所の算定表と違う点は,主に以下の2点です。
経費として認めている公租公課(税金・社会保険料)が,算定表の公表から13年以上経過していて,公表以後の税制及び保険料率の改正等が反映されていなかったため,最新の税制及び保険料率を用いて計算しています。
また,稼働する者の「経費」である職業費(交通費等)が,働いていない者についても「経費」として,計算していることになっていたため,世帯の中の働いている者の支出だけに限定し,働いていない者が支出する交通費等を含めないことにしました。
基礎収入は,総収入から「公租公課」(税金)や「経費」を差し引いたものですが,新算定方式・新算定表においては,裁判所の算定表・算定方式で「特別経費」としている住居関係費等を,生活費として取り扱い,総収入から控除する前記「経費」には含めないようにしました。
結果として,新算定方式・新算定表における給与所得者の基礎収入は,総収入の約6〜7割となっています。
(なお,裁判所の算定方式・算定表における給与所得者の基礎収入は,約4割となっています。)
養育費・婚姻費用は,義務者及び権利者の基礎収入を義務者と子ども(及び権利者)に配分して算出されています。その配分の割合を決める際,年齢に応じた「生活費指数」が使われています。
子どもの年齢区分が2区分ですので,子どもの年齢が14歳以下か,15歳以上かによって,金額が急に変わる印象がありました。子どもを年齢で2区分とする現算定方式は,乳幼児や小中学生を同一の区分とする点で生活実態とかけ離れているのという指摘もされていました。
この生活費指数は,これまで,全ての生活費を「生活保護基準」に応じて割り振っていたのですが,日弁連提言の新算定方式・新算定表では,個人単位で支給される食費や被服費等は,そのまま義務者・権利者又は子どもに分配する「生活保護基準」で配分するけれど,世帯単位で支給される光熱費や住宅扶助等は,子どもであっても,大人(義務者・権利者)と平等に取り扱い,頭割りで分配するとして,計算し直したため,結果として,概ね,子どもの「生活費指数」が増加しています(しかし,高校授業料が無償化されていた時期の統計も利用しているため,15歳以上の生活費指数が減っているようです)。
また,子どもの年齢区分は,新算定方式においては4区分とし,新算定表は利便性を優先して3区分としています。
裁判所の算定方式では,義務者の基礎収入を,生活費指数を用いて義務者分と子ども分に按分した後,子ども分を権利者及び義務者のそれぞれの基礎収入で按分し,義務者の分担額(=養育費)を算出します。
提言では,基礎収入が380万円である義務者(多くは父)と基礎収入が190万円で15歳の子ども1人を養育する権利者(多くは母)の例を考えています。
義務者の基礎収入380万円を,義務者の生活費指数100と子どもの生活費指数90で按分すると,子ども分は180万円と算出されます。
そして,裁判所の算定方式は,これを義務者の基礎収入380万円と権利者の基礎収入190万円で按分し,義務者の分担額すなわち養育費を120万円と算出します。
つまり,子どもが義務者と一緒に生活していたならば,割り当ててもらえるであろう生活費の額(この場合180万円)を計算し,その生活費の額を父,母がそれぞれの収入に応じて負担する,という考え方です。
この場合,権利者の分担額は60万円と算出されます(子どもの生活費分180万円を,基礎収入(義務者380万円,権利者190万円)の割合で分けるため)。
その結果,義務者の基礎収入380万円から支払養育費120万円を控除すると,手元に残る基礎収入は260万円となります。この義務者の手元に残る基礎収入260万円を100とすると,子ども分180万円は,生活費指数90を大きく下回る69にとどまってしまいます。
そうすると,本来は,自分と同じレベルの生活をさせる義務(一つのパンを分け合うような関係と言われている「生活保持義務」)が果たされていないのではないかという疑問が生じます。
さらに,新算定方式と裁判所の算定方式(平成15年発表のもの)で計算した場合の具体的な違いは,以下のように説明されています。
7万円(月額)
① 父の基礎収入
=総収入400万×基礎収入の割合67.16%
=268万6400円
② 母の基礎収入
=総収入175万円×基礎収入の割合65.20%
=114万1000円
③ 父の基礎収入から振り分けられる子ども分の生活費
=父の基礎収入268万6400円(①)×{子どもの生活費指数83÷(父の生活費指数100+子どもの生活費指数83)}
≒10万1535円(月額)
④ 養育費
=子ども分の生活費10万1535円(③)×{父の基礎収入268万6400円(①)÷(父の基礎収入268万6400円(①)+母の基礎収入114万1000円(②))}
≒7万1266円(月額)
ア: 養育費分担後の父の生活費
=父の基礎収入268万6400円(①)−養育費7万1266円(④)×12
≒15万2601円(月額)
イ:父の基礎収入から振り分けられる子ども分の生活費(父母の合計で負担すべき子の生活費額)
=10万1535円(月額)(③)
結果
子どもの生活費(イ)は,養育費分担後の父の生活費(ア)の66.54%
4万円(月額)(表2)【2〜4万円と4〜6万円の境界付近】
ア: 養育費分担後の父の生活費
=父の基礎収入+父の特別経費−養育費
=父の総収入400万円×38%+父の特別経費91万7600円−養育費48万円
=152万円+91万7600円−48万円
≒16万3133円(月額)
イ:父の基礎収入から振り分けられる子ども分の生活費(父母の合計で負担すべき子の生活費額)
=養育費÷{父の基礎収入÷(父の基礎収入+母の基礎収入)}
=48万円÷{152万円÷(152万円+175万円×39%)}
=48万円÷{152万円÷(152万円+68万2500円)}
≒5万7961円(月額)
結果
子どもの生活費(イ)は,養育費分担後の父の生活費(ア)の35.53%
計算が複雑になっていますが,要するに,父の生活レベルと子どもの生活レベルの差が小さくような計算方式を採用していることが分かります。
これについては,難しい問題だと思います。
どの基準値を使って計算することが,「公平」「平等」と捉えるかの感覚となります。
私自身は,子どもの養育のため,可能であれば,養育費の負担をしていただきたい気持ちはありますが,父(義務者)からのご相談を受けていると,令和元年12月改定前の養育費算定表(平成15年発表のもの)で算定した養育費であっても,こんな養育費を支払ったらとても生活できないと言われることがありました。
改定前の算定表について,最高裁判所が,婚姻費用の事例ではありますが,平成18年4月26日決定で「(現行の算定表について)以上のようにして婚姻費用分担額を算定した原審の判断は,合理的なものであって,是認することができる。」という判断をしていました。そして,令和元年12月には,裁判所が,日弁連の「新算定方式・新算定表」も検討した上で,算定方式・算定表の改定版を発表しましたが,日弁連の新算定方式・新算定表の考え方はほとんど取り入れられませんでした。今後も,裁判所では,新算定方式・新算定表のような大幅な改革はなされないものと思われます。
もっとも,裁判所自身も,養育費算定方式・算定表は「標準」のものだとしています。
「標準」的なものを用いるのが不適切であれば,「標準」から外れた結果が正しいということもあり得ることになります。
裁判所の算定方式に存在する問題点を把握しておいて指摘することが有効になることもあるでしょう。
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